この度のOB会で亡き荒川さんと久保田さんに黙祷する旨を皆さんに伝えておりますが、生前の久保田さんの写真をお借りしたくご両親にその旨伝えたところ、久保田さんの写真4枚と一金2万円とご両親から皆様に充てた手紙が同封されていましたので、この場をお借りしてご案内申し上げます。以下原文です。
前略、先日は思いがけずお電話を頂いきありがとうございました。呉高専のお友達とのこと大変懐かしい思いが致します。哲夫の部屋には今でも高専時代の陸上の写真を大きく伸ばして飾っております。 さて陸上部の皆様で哲夫の供養のお話し、大変感激しております。皆さんに可愛がって頂いた由、仏壇に報告しておきました。アルバムも亡くなってから妻と二人で二年がかりで整理しました。涙涙の毎日でした。平成6年6月24日、バイクの事故で亡くなり今年6月に十三回忌の法要を済ませました。 今は私共二人とも悲しみを乗り越えてカラオケや社交ダンス、太極拳、私は軟式テニスを60年近く続けております。どうぞご安心ください。 編入で東大物理工学科へ入学し卒業後、昭和56年三菱電機に入社、鎌倉製作所で人工衛星のソフト設計の担当をしておりました。オートバイクが好きで夏休みを利用して北海道のバイク一人旅を楽しんだり会社の仲間たちとツーリング、硬式テニスと多くの趣味を持ち酒もよく飲んで楽しんでいたようです。好きなバイクで天国へ旅立ちあっちから見守ってくれていると思います。哲夫の写真をと言われましたので3枚だけ同封しておきます。尚同封のお金は皆さんで冷たいビールでもお召し上がりください。 邦夫
以上久保田さんのご両親から、皆様に宛てた手紙を紹介させていただきました。私が陸上部に入部した折、久保田さんは5年生でした。時折マッサージをさせていただいた後、よくジュースを買っていただきました。ありがとうございました。今となっては何の御礼も出来ませんが、ここに父上様よりの手紙を掲載することでお許しください。あらためてご冥福をお祈り申し上げます。
左:平成3年会社で 通常写真撮影は機密漏洩防止の為禁じられているそうですが、同僚がこっそり撮影 中央:平成6年5月 事故前1ヶ月に帰省 右:昭和59年8/10 北海道にて
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