| 平19(07)年5月初旬、テレビ新広島からの電話で、1986年広島で開催されたIAAFワールドチャレンジ・ロード・リレー(IAAF国際駅伝)の開催経緯について質問があった。その後、千葉国際駅伝がはぼ同じ内容で開催されるようになったが、その間の事情など、時間経過とともに話はさまざま・憶測もあるようで、資料も散逸してしまうかも知れない。この際関連もあるので前年に開催したW杯マラソン広島大会も含めて、私のMEMOを参考に記録しておくこととした。(1984年から広島陸協の事務長を務めた)
----------------MEMO W杯マラソン広島大会(1985・4・13−14)について
1983年12月、マニラで開催されたIAAF評議員会において、第1回W杯マラソンを広島で開催することが承認された。国際陸連ネピオロ会長はこの発表にあたり「広島は被爆都市である。われわれはこのマラソンが特別重要性を持つものと信ずる。世界のすべての人々が平和と友情のうちに生きたいと願っていることを示すものだ」と語り、主催者の意図するところを端的に物語ったものだった。 候補地には、ほかに口ンドン、モントリオール、バッファロー、ウィーン、ソウルの各都市があがっていた。 さらに、広島開催までには、次のような背景のあったことが推察される。 IAAは、かって日本が東京で開催を提案した、第1回世界陸上選手権大会を83年8月ヘルシンキで開催大成功に終わった。(放映料400万ドル、入場料300ドルなど、総収入1,500万ドル。約500万ドルの黒字)。 気をよくした(?)IAAFはこの頃から、初めての、マラソン単独選手権兼国際対抗(各国上位3人)の開催を企画、第1候補を日本に絞って折衝してきた。 日本陸連は、国内事情、交通問題さらには東京・大阪の大都市では開催が困難として断り続けてきた。しかし、成功するためには日本以外では考えられないと、ネビオロ会長直々に依頼してきた。日本陸連は応えざるをえないと判断し、アジア大会開催都市と原爆都市である広島を候補に打診することとなった。
その経緯は、
1983・11・13(土) 神戸市で、日本陸連青木会長・帖佐専務・広島は増西会長・遠藤理事長の四者会談、広島開催を打診。態度保留のまま帰広。
15 広島市荒木市長・増西会長会談、被爆四〇周年の機会、記念事業として歓迎。
16〜26 県知事、県警察本部・県・市教育委員会・県体育協会など協力要請。
27(土)日本陸連理事会、W杯マラソン受諾の方向、開催地は広島また筑波学園都市と発表。
30 広島開催を内諾
12月16〜18日 マニラIAAF評議員会、広島開催承認 21〜22日 広島開催を各社報道 23日 広島陸上競技協会理事会事情説明と承認
第1回W杯マラソン大会実施内容(案)(1983・12・21現在)
主催 国際陸上競技連盟 主幹 日本陸上連盟(競技運営・広島陸上競技協会) 後援 広島県・広島市・広島県教育委員会・広島市教育委員会 日時 昭和60年(85)年4月中旬〜下旬 場所 広島市平和大通り また県営陸上競技場 種目 一般男子マラソン、ジュニア男(20K)、女(15K) 参加者 マラソン男女300〜500、ジュニア男女150、役員・コーチ80 内容 土曜日(女)、日曜日(男)、個人選手権と上位3人国別対抗 経費 約7億、スポンサーは日本陸連調整、県・市より500万補助。 *参考 85WORLD CUP MARATHON HIROSHIMA 報告書一日本陸上連盟発行 ----------------MEMO
----------------MEMO IAAF・ワールド・チャレンジ・ロードリレー(1986−11−30)について(中国新聞朝刊第1面記事資料)
内容としては、IAAFから要請のあった日本陸連が受諾の方向で、広島市を第1候補に挙げた理由や参加国について説明している。 この新聞記事とは多少異なるが、広島陸協が、直接受けた国際駅伝の内容は、次の通りであった。
1〉名称 IAAFワールドチャレンジ・ロード・リレー 2〉主催 IAAF(国際陸上競技連盟) 3〉期日 1986−11−23又は24を予定 4〉場所 主管する日本陸連は広島市を候補に挙げている 5〉開催要領 1)距離 42,195K 6区問 2)形式 男・女 国際対抗 3)参加国 男12ヶ国 女10ヶ国 1986年3月スイスで開催の、第14回世界クロスカントリー選手権の団体戦の成績により男子8ヶ国、女子6ヶ国が自動的に出場資格を得る。残りの男子4ヶ国、女子2ヶ国は、組織委員会の推薦よる。 6〉開催経費 IAAF負担 7〉 1)日本開催について 世界史上初めての公式世界駅伝となるこの大会は、ロードレースの普及に意欲を持つIAAFが、駅伝競走発祥の地日本での開催を強く希望し、日本陸連は受諾の方向で検討している。
2)広島開催について 本年は、国際平和年に当たり、広島開催は世界平和に大きく寄与することが期待されている。昨年のW杯マラソン広島大会が成功であり、また中国駅伝等、経験豊かな広島での開催は、技術的にも安定している。 ----------------MEMO
IAAF、アルネ・リュンクピスト副会長は、大会終了後次のように語った。 大会は大成功、ただし2回大会以降の開催は全く白紙である。駅伝が世界に通用する競技であることが分かり、日本で生まれた駅伝が国際化に向けて一歩を踏み出したことを認めたうえで、駅伝の魅力について二つの理由を挙げた。その1、タスキリレーにより目まぐるしく順位が替わり、ロードレースにありがちな単調さが解消されている。その2、中・長距離からマラソン選手までタイプの違った選手が、同一レースでそれぞれの個性を発揮している。「ロードレースの普及にこれ以上のものはない」と言い切った。 ----------------MEMO
IAAF国際駅伝広島大会を応援する会 (86−9−17設立)、構成(スポーツ・レクリエーション、教育、健康、保健、地域、福祉、経済、労働、報道機関18団体)、会長中野重美・広島県体育協会、経費(特別推進寄付・テレビ新広島・一千万、広島市補助200万、一般推進寄付157万、協賛金203万、その他合計15,673,858円)
応援する会のおかげで前評判はよかったが、何分距離も短く、強引に持ち込まれたこの駅伝は、日程の調整もままならず日本チームの成績も散々であった。 その後、ほぼ同じ内容で88年千葉国際駅伝、一年間をおいて、90年から毎年千葉で開催されているが、今ひとつの感である。 |